SAN JOSE通信Vol.65
何だかHoliday特集の様相を呈しているSAN JOSE通信ですが、今回もメキシコのCinco de mayoについて。 「シンコ・デ・マイヨ」とはスペイン語で5月5日の事で、メキシコのカレンダーでは重要な日。少数にもかかわらず、メキシコ軍隊が『Batalla de Puebla』と呼ばれる戦いで、多勢なフランス軍の侵略に対して勝利を収めたことをお祝いするのです。もちろんCinco de
mayoは独立記念日(9月15日)ではありません。しかし、ヨーロッパ人の侵略を最終的に撥ね退けた象徴として、メキシコ人や、おそらくラテンアメリカ人皆によって祝われているのです。
「(Cinco de mayoの歴史的背景を説明した後)こういう話も大事だけれども、メキシコで生まれ、大人になってからアメリカにやって来た大部分の人は、このCinco de mayoの日に、メキシコ人コミュニティーが自分達の文化や祖先、過去や開かれた未来への誇りを、Streetを使って表現できること(パレードなども行われるbyいちほ)の重要性に目を向けるべきなのだ。彼らは勝利を祝っているのだ。勝者になりたくない者なんていない!
我々は隣人にこう伝えようとしている。『私達はここにいるんだ。私達を見て、そして恐れずに理解して欲しい。あなた方の家を建てたり地面を掘る仕事をしている者もいるけれど、エンジニア・医者・看護婦を生業としているものもいる。自分の子供を一人残して、他人の子供の世話をしている者もいる。私達はあなた方から何も盗ったりはしない。実際、私達は盗るどころか寄付をしている。私達は姿を消すことが出来なくなるけれど、あなた方が本当に私達に目を向け観察するならば、私達があなた方の周囲を豊かにしていることが分かるだろう。それが旅の終わりなのだ。We are the Present, the future, OUR future, and 2000年のUS人口調査によると、カリフォルニア人口の32.5%がラテンアメリカ人のコミュニティーだ。Majorityがメキシコ人になって来ているのだ。」 以上です。アメリカ人とはまた違う愛国心、底力・誇りを感じました。確かに私の中にも彼らに対して、偏ったイメージがあった。そんな時だったから、心のどこかにこの文章が引っかかったのかもしれないな。話は飛ぶけれど、本国に住む人たちは、このCinco de mayoを静かに過ごすらしい。ここでのこの派手なCinco de mayoは、やはり自分達の存在をアピールさせる為なのだろうか? さてさて、ここからはCinco de Mayo
Festivalの様子。会場はChildren's Discovery Museumの横にある大きな芝生の広場。
フェンスに囲まれた広場内では、2箇所の特設ステージ(シ〜ンコ・デ・マイヨ〜とか、グラ〜シアス《Thank youのスペイン語》の絶叫(^^;))が設けられ、ラテンの熱気ムンムン。ムディーな音楽が流れ、踊りだしてKissし合っているカップルもいたり。勿論、旦も踊ってい
来ている人の服装は、割と普段着の人が多かったけれど、中には国旗で全身をすっぽり覆っている人や、ソンブレロ軍団がいたり・・・。国旗の色彩のドレスを着た姉妹がいたり。お昼ごはんを兼ねて行ったので、屋台でRolled-up tortillaなどを買って食べました。
私達が帰る頃は、まだまだこれからという感じだったようで、肌寒い中、途絶えることなく▲の様に飾った車で乗り付ける人が後を絶ちませんでした。 いちほ(5/5/03) ■□■ おまけ 『 Carnival 』■□■
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▲の左端の写真は、超特大ロングスライド。時々霧雨が降る中だったので、雨がやんだ直後に滑ったWilliamは「怖そうだけど、すっごくSlowlyだから大丈夫だよ。一緒に滑ろうよ!」と旦を誘いました。言もやる気満々だったけれど、身長足りず。腹いせにスライドを逆走しようとして取り押さえられました(^^;)で、乾いたスライドを滑ってきた旦とWilliamは「・・・・・・・・。」そう、滅茶苦茶すべりが良くなっていたのです(^^;)二人とも目玉が飛び出していました。
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